あらすじ
シニガミは、生き物の死ぬ日がわかり、その日死ぬ日と決められる。
シニガミは、森の中に倒れているブタを示し、このブタは何日かしたら死ぬと読者に向けて話す。
絵本の中では、シニガミは読者に向けて話しているのが特徴である。
死にかけているブタの近くを、腹を空かせたオオカミが通りがかる。このオオカミも、シニガミ曰く、もうすぐ死ぬという。
腹を空かせたオオカミは、ブタを食べてやろうとするが、ブタが病気で死にかけていることに気がつき、病気のブタを食べるより元気になったブタを食べようと考え、家に連れ帰ることに決める。
ブタをベッドに寝かせ、あれこれと看病するオオカミ。
それはいつしか、「食べるために」ではなく、「ブタのために」に変わっていった。
二人を見ながら、シニガミは「もうすぐ死ぬ」「病気はよくならない」と不吉な一言を漏らしていく。
あるとき、真っ赤な花を食べればどんな病気も治るという話を思い出したオオカミは、雨の日も風の日も真っ赤な花を探し続け、ついに崖の下のほうに咲いているのを見つける。
だが、オオカミの死期はすでに迫っていたのだった……。
オオカミとブタが築いたささやかな絆と、迫りくる死
相手のために一生懸命になること。
相手を思いやること。
わかっていることだけど、これほど尊い感情はないと思う。
冷徹なシニガミの命のカウントダウンに、読んでいて心からお願いしたくなってくる。オオカミもブタも、どちらも命が助かりますように、と。
病気で死にかけたブタを拾ったオオカミは、病気が治ったら食べてやろうと考え、ブタを自分の家に連れ帰る。
そこまでは計算高いオオカミで通った。
だが、だんだんと、オオカミはブタのために、と必死になっていくのだ。それはもう、見ているこちらが涙ぐましくなってくるほどの懸命さで。
心優しいのだと思う。
オオカミは自分の優しさを自覚していたのだろうか。……していないだろう。オオカミの中には、「してあげている」といった恩着せがましい気持ちはない。
言葉では「食べてやる」とは言いながら、誰よりもブタの病気が早くよくなりますようにと願っていたに違いないのだ。
懸命に看病するオオカミを見ていて、けなげに思わない人はいないだろう。
それなのに、シニガミはいちいち、冷酷な一言を差し挟んでくる。
ひやりとした感覚は、オオカミとブタが死んでしまうかもしれないという不安だ。
オオカミの思いやりの気持ちはブタにも伝わり、ブタは「早くよくなってオオカミに食べられてあげたい」とまで考えるようになる。
ささやかだが、確かにはっきりと築かれた絆がそこにあった。
それなのに、二人の前には未来ではなくて、死があるのだ。
死んでほしくない。
生き延びてほしい。
生きていてほしい。
私は前述した。
相手のために一生懸命になること。
相手を思いやること。
それらは尊い感情だと。
そこに私はさらに付け加える。
この絵本を読んで、オオカミとブタの二人に生きていてほしいと願う心もまた尊いと。
繊細なテーマを扱った絵本
親しみの湧くコミカルなイラストだが、扱うテーマは非常に繊細なもの。一口には表現しきれない。
オオカミの懸命さはややもすればいかにもといった感じに映るが、相手のために一生懸命になるとはこういうふうにも見えるのかもしれない。
弱気になったブタへの叱咤は、オオカミの心が素直に現れていて、胸打たれる。
扱っているテーマがテーマなだけに、人によっては評価が分かれるだろう。
表紙が真っ黒で恐ろしげなので、怖い描写があるのかと思われそうだが、怖い描写はひとつもない。
低学年向け。
しかし……
宮西氏の描く捕食者は、獲物を食べてやると言いながら、結局隠し持っていた優しさを引き出されて、食べるに食べられないといったものか多いような気がする。
