『いつもちこくのおとこのこ──ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー』──先入観を持たずに、人の話を聞くことの大切さ

あらすじ

ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーは、勉強しに歩いていた。
すると、途中でワニに出くわし、そのワニは鞄にかみついて離れなかった。手袋の片方を投げ、ワニを追い払ったが、学校に遅刻してしまう。
先生に遅刻した理由を尋ねられ、素直にワ二のせいだと話したのだが、先生はワニなどいない、嘘などつくなと怒られ、罰を与えられてしまった。
素直に罰を受けるジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー。

しかしその次も、ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーは勉強しに行く途中で、ライオンに出会い、遅刻してしまうのだが……。

 

痛いオチに撃沈

なんとも皮肉の効いた内容だった。
物語の内容は、ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーという男の子が学校に行く途中でトラブルにあい、遅刻してしまうという内容だ。

その遅刻の原因を先生に聞かれ、ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーは正直に答えるのだが、信じてもらえない。
それもそうだ。ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーの遅刻の理由はあんまりにも荒唐無稽で、信じられないようなことばかりなのだから。

ワニに鞄をとられそうになり、遅れた。
ライオンにズボンを破かれライオンをやり過ごしたため、遅れた。
高潮にさらわれそうになり、遅れた。

先生はもちろん信じないし、逆に嘘をついたと怒る。
たとえば、ワニに鞄をとられそうになったときはこうだ。

「せんせい、ぼくが ちこくしたのは、
しちゅうで マンホールから わにが あらわれ、
ぼくの かばんに かみついて、てぶくろかたっぽ
なげつけなければ、はなしてくれなかったからです、てぶくろは
わにが たべてしまいました」
「このあたりでは げすいに わになど すんでおらん。いのこりして
<もう わにの うそは つきません、てぶくろも なくしません。>と
300かい かくこと。」

実際、ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーが嘘をついているのかどうかは分からないが、先生はジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーが嘘をついていると判断し、もう嘘をつきませんと何百回も書いたり言ったりすることを罰として言い渡す。

ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーは、素直に罰を受け、何百回も嘘をつきませんと書く。

 

そして最後は、先生が大きなけむくじゃらのゴリラに捕まって屋根にいるので、先生がジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーに向かって助けるように言うのだが、そのときのジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーの返しが皮肉だ。

「おおきな けむくじゃらの ゴリラなんてものは
このあたりの やねには いませんよ、せんせい。」

そして、ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーは、もっと勉強しに、よそに行ってしまうのである。

 

これは人の話を頭から疑って信じなかった先生への強烈なやり返しだ。先生はジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーの話をよく聞いて、よくよく判断しなければならなかったのだ。ワニなんているはずない、ライオンなんているはずない、と先入観を持たずに。

ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーの視点から見ていれば、痛快な終わり方だが、おとなが読むと、痛いところを突かれたような気持ちになるのは否めない。

そんなわけがない。そんなことはあるはずがない。
そういって、つい頭ごなしに人の話を否定したりすることはないだろうか。
特に子どもの話をむげにあつかったことはないだろうか。

それを思うと、最後の展開は、なんだか痛烈な皮肉に感じてしまうのである。

 

何ともいえない最後のオチがいい

文章量はそこそこあり、話の内容的にも、低学年から中学年が対象だろう。
オチがおもしろいと感じるのは、中学年からだろうか。

おとな向けの痛烈な皮肉としても読むことができると思う。