あらすじ
ある少年野球の試合中、主人公の塁は、ここというときに大振りでうまく打てず、消沈していた。
その日の夕方、母親に買い物してきてと頼まれた塁。
コンビニまで買い物にいくと、知り合いの仙ちゃんがいた。
仙ちゃんは、今日の試合を見ていたと言う。
仙ちゃんは、塁がうまく打てなかったことに対して、どうしてあんな大振りしたのかと尋ねてくる。
塁は、あのとき、ホームランを狙ったのだと話す……
いつかは打ちたい、ホームラン
恐れながら、野球にあまり興味がない。
これまで生きてきて、野球というものに関わったことがほぼない。
ほぼ、というのは、記憶もおぼろな小さな頃に、一度……いや、二度……?ほど、甲子園に野球観戦した覚えがあるからだ。
そのころも、ルールがよくわからなかったので、周囲の盛り上がり方に異様さを覚えていたぐらいだった。
だから、テレビでも野球を見ない。
そもそも、スポーツをテレビで見ないので、野球に限った話ではない。
野球はやったことがないが、キックベースならやったことがある。
活躍できたか?……まさか。アウトを出して結局チームの足を引っ張るような、THE お荷物といった感じだった。
それでも、やっぱり、キックベースでも、ホームランを出してみたいと考えたことがある。よく頑張ったな、とチームから言われたかった。「やってやったぜ」という気持ちになりたかった。
でも、ホームランは、簡単に出せるものではない。
たまに、神に愛されたみたいな天才的な人がいるぐらいで、誰もが「やってやったぜ」というホームランを出せるわけではない。
……ホームランの話をしていたら、何となく、生きてきた中での話をしているような錯覚に陥ってきた。
本書の中で仙吉(仙ちゃん)は、ここぞの大勝負のときにホームラン狙いで大振りセカンドゴロした主人公に、見事なホームランバッターは同じ時代に何人もいない、そういう人たちはまさに神に選ばれた人たちだ、と話す。
「仙ちゃん……」
「なんだよ」
「ぼくは神に選ばれてない気がする」
「何言ってんだよ。
始める前からあきらめるのかい。
夢見るだけにしとくのかい。
やってみないとわからないだろう。
オレだってまだあきらめてないぞ」
主人公と仙吉のやりとりは、何かの比喩のようだ。
しかも、その後でわかることだが、仙吉は交通事故で歩けなくなった体を、懸命にリハビリで回復しようと努力していたのだ。
その上で、彼は「まだあきらめてない」という。
主人公と別れたあと、仙吉はバッティングホームを繰り返していた。
彼はあきらめていないのだ。再び、野球をすることを。
誰もが神に選ばれるわけではない。
でも、あきらめる理由にはならない。
ホームランの夢をかなえられるかどうかはわからない。たぶん、夢で終わる人も多いのだろう。
だけどヒットを打てるよう、小さなことから何か始めたいじゃないか。
いつか、ホームランを打てる日が来るかもしれないのだから。
私もまだまだあきらめていない。
野球好きの野球好きのために描かれたような絵本
野球を題材にとった本書は、まさに野球好きの子のための絵本になっている。
野球の用語がしばしば出てくるので、野球好きの子でないとわからない文章もある。
野球を題材に扱った本だが、内容は野球の試合そのものは扱わず、ここ一番というときに大振り三振してしまった主人公と、仙吉との会話がメイン。スポーツものとは少し趣向が違う。
読み聞かせもやろうと思えばやれるが、内容が野球一筋なだけに、興味を持つ子と持たない子に別れるだろう。
全体的に中学年向け。
