やっぱりわりと残酷だった! 「赤ずきん」

    日本でも慣れ親しまれている「赤ずきん」。知らないという人は少ないのではないでしょうか。

    数年前はやった「本当は何とかな童話」というのもありましたが、絵本『あかずきん』の紹介記事を書いたので、そのついでにn番煎じだけど、赤ずきんのお話の変遷についてちょっとまとめてみることにしました。

     

    そもそも赤ずきんってどういう出自?

    そもそも、赤ずきんとは(諸説ありますが)、フランスの民間に伝わるお話だったようです。日本でいう昔話というやつですね。

    その民間に伝わっていた赤ずきんの原型を、ピックアップしたのがフランスの詩人であったシャルル・ペロー。このシャルル・ペロー、民間伝承を詩の形にしたり教訓を加えたり、当時の風俗を取り入れて編集するなどして、童話集を出版。赤ずきん以外の童話ももちろん収集しています。
    ただ、読みやすいように脚色したり、当時の風俗を取り入れて編集したりしたものだから、100パーセント民間伝承の原型そのままかというとそうでもないのですね。

    ペローは庶民かといえばそうでもなく、いわゆるサロンに出入りする詩人。収集した昔話を、貴族のご婦人向けに気に入られるよう脚色した可能性も高いわけです。そりゃまあ、人気商売ですものね……。

    それから100年以上たって、グリム兄弟が赤ずきんを再話。これがグリム童話の赤ずきんです。
    ペローの赤ずきんそのままかといえばこれもそうでもなく、ペローの赤ずきんから付け加えられた箇所もあれば削除された箇所もあるというグリム版赤ずきん。
    これにも当時のいろいろな風潮があって、残酷な部分は削られたり、補完された部分もありました。いわゆる大人の事情っていうやつですね

    日本で主流なのは、このグリム版です。
    一時期、日本で「残酷表現をなくそう」という風潮から、グリム版からさらに改変された日本版「残酷じゃなくて誰も死なない平和に終わる赤ずきん」というのも出版されましたが、さすがにどうかと思うみたいな感じになって、根付きませんでした。

    つまり大体こう
    民話→ペロー版→グリム版→日本に

     

    グリム版「赤ずきん」とペロー版「赤ずきん」の違い

    実際の違いはどうなのかというと、細かな違いはいくつかあるのですが、一番大きな違いは、ペロー版では「オオカミに食べられた赤ずきんとおばあさんが助からない」という点でしょう。
    グリム版では、猟師が登場して、腹をハサミでじょきじょき切ると中から赤ずきんとおばあさんが出てくる(つまり助かった)という終わり方をします。その後、オオカミは腹に石を詰められて死ぬか、腹を裂かれる前に銃で撃ち殺されるかして、退場します。
    ペロー版では食べられておしまい、その後にオオカミという名の悪いやつに用心しなさいという教訓が続けられて終わります。

     

    ペロー版、女性や子ども向けの教訓話になっているとはいえ、得したのはオオカミだけで何の救いもない。
    やりすぎペロー版。

     

    日本版「残酷じゃなくて誰も死なない平和に終わる赤ずきん」はオオカミが謝ってみんながオオカミを許すという結末らしいですが、それもどうなんでしょうかね……?

     

    じゃあ赤ずきんの原型はどんなのなの?

    原型に近いといわれる赤ずきんには、赤いずきんをかぶった女の子は登場しません
    赤ずきんに赤いずきんをかぶせたのは、ペローです。つまり、ペローの創作であったということですね。アイデンティティである赤いずきんが、ペローの創作であったとは。

    原型の民話には、ただ女の子が登場し、森の中のおばあさんにパンとミルクを届けに行くことになります。
    女の子はおばあさんの家を目指して出かけ、途中でオオカミに出会います。
    オオカミは彼女にどこに行くのか尋ね、「縫い針の道」か「留め針の道」どちらを行くのかをも尋ねます。
    女の子はオオカミの質問にもいちいち親切に答え、オオカミは女の子の先回りをしておばあさんを殺します。おばあさんの肉は戸棚に、血はビンに入れて棚の上に。そしてオオカミはおばあさんの服を着て、ベッドに横になります。
    そこへやってきた女の子。
    おばあさんに化けたオオカミに勧められるまま、戸棚の肉(おばあさんの肉)とビンに入ったワイン(おばあさんの血)を口にします。
    オオカミは女の子に、服を脱いでベッドに入っておいでと誘います。女の子は言われるままに、服を脱いでは脱いだものをどうすればいいのか尋ねます。オオカミは暖炉の火にくべてしまえと答えます。
    そうして、裸になった女の子は、オオカミのベッドに入ってきます。
    そこからはペロー版にもグリム版にもあったやりとり、どうして耳が大きいの、目が大きいの、等々。
    最後に、「とうしてそんなに口が大きいの?」と尋ねると「おまえを食べるためさ」とオオカミは答えるのですが、機転を利かせた女の子は、トイレに行きたくなったので外に行きたいと言い出し、何とか家から逃げだし、助かります。

    あらすじのみですが、どうでしょう。
    人肉食のあたりや、服を脱いで裸になってベッドに入るところなど、なかなか濃い話だと思いませんか。
    ペローはその部分を削除し、再編したのですね。さらにその後グリムが再編したので、原型の面影はかろうじて残っているものの、だいぶ印象の違うものになっています。

     

    赤ずきんの話をおとなはどう読むか

    赤ずきんの話には、さまざまな人がさまざまな解釈を行っています。

    赤ずきんの「赤」から、性的なものを連想し、オオカミは少女をたぶらかして食べてしまおうとする無頼者とみなす解釈が多いようです。
    現に、ペローの赤ずきんには、オオカミを「オオカミのおじさん」と称しているところからも、オオカミが単なる獣の類でないのは明らかでしょう。性的なものを連想させる「赤い」ずきんを被った少女とオオカミのおじさんが出会う、オオカミのおじさんは「赤い」ずきんを被った少女を食べたくなる……

    どうでしょう、よく知ったはずの「赤ずきん」の話も、ちょっと変わったふうに見えてきませんか?

     

    そうそう、グリム版の赤ずきんはオオカミを二度殺すんですよ

    グリム版の赤ずきんには実は後日談があります。

    赤ずきんは再びおばあさんの家に行くのですが、途中で違うオオカミに声をかけられます。先日のことがあった赤ずきんは、オオカミを相手にしないでおばあさんの家に行き、おばあさんにオオカミと出会ったことを話します。
    赤ずきんを食べようともくろむオオカミ、おばあさんの家に行き、赤ずきんを装って家の中に入り込もうとしますが、おばあさんも赤ずきんも返事をせず相手にしません。
    おばあさんと赤ずきんは、ソーセージを煮た湯を風呂桶に張ります。屋根の上にいたオオカミは、匂いにつられて風呂桶にドボン。溺死してしまいましたとさ。

    あまり知られていませんが、赤ずきんは先日の事件から教訓を得ていたという話があったのですね。

     

    参考
    金子愛子「「赤ずきん」類話の比較考察」
    https://www.keiwa-c.ac.jp/wp-content/uploads/2013/01/nenpo03-4.pdf