ショーン・タン氏の代表作といえば、この世界各国29の賞を受賞したこの『アライバル』をあげる人も多いでしょう。
彼の他の作品には、『ロスト・シング』『エリック』『夏のルール』があります。
まるで無声映画のような、大人向けの大型絵本『アライバル』
装丁はずっしりと重く、重厚なデザイン。足元の不思議な生物をやや身をかがめて見る壮年の男性の姿が描かれています。全体的にセピア色の様相を帯び、不思議な物語の予感を感じます。映画館の座席に座って映画が始まるのを待つときの気持ちに似た思いが去来します。わくわくとはまた違った、なんとなく厳かな気持ち……
この本は大人向けですよ、というやんわりとしたメッセージさえ伝わってくるような気さえします。
さて、ページを繰るとどうでしょう、ページのどこかしこに描かれる、不思議な生き物、建物。
セピア調で統一された絵はノスタルジーを引き起こし、ここではないどこかに確かにある世界を思わせます。
ときには大きく見開きを使って、ときにはいくつもコマ割りして、ゆっくりと、静けさの中で淡々と絵が展開していきます。
そう、この本には、文字が一つもない本なのです。
まるで無声映画。
圧倒的な世界観を、緻密なイラストで表現した「グラフィック・ノベル」です。
見開きいっぱいに描かれた鳥瞰風景を見たとき、圧倒的な感動が湧き上がります。
それは喜びというひとつの感情だけではなく、何か大きな、圧倒的なものに気おされたときに感じる感動です。
無声映画のストーリーは
この本が大人向けであるのには理由があります。扱っている題材が、ただ単に不思議な異世界の不思議なお話に終始しないからです。主人公の男性は、妻と娘を残して、遠く異国に働きに出ます。その理由は推測するしかありませんが、必要に迫られて、というような状況なのは確かです。
全く知らない異国に降り立ち、払拭できない心細さの中で仕事を探し、狭い部屋で一人で生活を始める。文字が無いからこそ、伝わってくる男性の心細さ、心もとない気持ち。異国の言葉も分からないという戸惑い、不便さ。
その中で、男はいろいろな事情を抱える人々と出会います。祖国にはいられず、命からがら逃げてきた彼らは難民です。
生々しく、確かにそこにある現実。みな必死に生きている。これは夢物語などではないのです。
ショーン・タン氏の確かな筆致は生々しく、それらは訴求力をもって迫ってきます。
男が懸命に働く理由を理解したとき、大きく心を揺り動かされました。
最後に
これは大人のグラフィック・ノベルです。
転勤する人、した人、新しい仕事を始める人、頼るものの少ない場所で何かを成そうとする人の不安に重なる部分があるのではないでしょうか。
この本は、それでも生きていく、生きていかねばならないという苦しみと心細さ、そして希望を垣間見せてくれます。
作者のショーン・タン氏のこの作風は、移民であった父の経歴が影響を与えているといわれています。
読み終わったあとは、長い無声映画を見終わったような感覚になります。
ラストシーンにはまたも感動。
これほどまでに心に迫るエンディングを絵本で見たことはありません。
『アライバル』の世界をさらに深く知るために
『アライバル』の資料集的な本も出版されています。
余談ですが
読むならあえて海外版で。
日本語の奥付などでなんとなく余韻が薄れてしまいます。
やはりこれはおとな向けです。子どもが読むのには少し難解で、ページ数も多いので途中で飽きられてしまう可能性が高いでしょう。
同作者の著書で他のお気に入りは『エリック』。
こちらは手のひらサイズの絵本で、文字があります。
お国柄なのよ、と異文化を大きくくるむこの一フレーズが好き。
ぜひとも気が向いたら手にとって見てください。