あらすじ
クマは、自分の大切な赤い帽子が見当たらず、探しに行くことにしました。
いろんな動物に、自分の帽子を見なかったか聞いて周ります。
しかし、みんな、クマの帽子がどこにあるか知らないようです。
クマはよく考えました。
自分の帽子は……赤くて、とんがってて……。
……あ!
さっき!
クマはあることを思い出し、走り出します。
クマの赤い帽子、一体、どこにあるのでしょう?
目が……笑っていないクマ……
うわーあ……
読み終わった第一声がこれだった。
うわーあ……あー……
これ……こわー……
読み終わった人ならば、絶対これに近いことを思ったはずである。
読み終わってから、表紙を見ると、表紙に描かれたクマが思わずゾクッとするほど怖く感じる。
海外の絵本なのだが、なぜか関西弁で訳されている。
だが、関西弁にありがちな笑いを誘う展開はない。
軽妙な掛け合いがあるといえばあるのだが、何より展開が思わずゾクリとする。
お気に入りの帽子を懸命に探すクマなのだが、展開を知ってから読み返すと、目が笑ってなくて怖い。
どこを見てるのか分からないところも怖い。
しかし、クマが大切にしていた帽子を、盗ってしまったのだから、ある意味で因果応報とはいえる。
ただその、彼がどうなったのかは……ちょっと……分からない……というか考えたくないのだが……。
帽子を盗ったウサギがクマに空とぼける台詞と、帽子を被ったウサギの行方を尋ねるリスに対して、空とぼけるクマの台詞がほぼ同じなのが、なんともシュールというか、皮肉というか……やっぱり怖い。
その後の間の取り方も絶妙で、この絵本の底知れぬセンスに目を瞠る。
全文関西弁で訳されているせいか、全体的にブラックユーモアに満ち満ちている。
でも……やっぱりこれは……
うわー……
うわーあ……こわー……
人の物を盗って空とぼけることは
人の大切なものをとって、一生懸命探している当人を前に空とぼけるのは、確かにひどい話である。
ある意味では、因果応報といえるのだが、この絵本のもつ独特なセンスとユーモアは、人を選ぶだろう。
低学年向けではあるが、本書の持つゾクリとする展開は、ある程度理解力がないと分からない。
トラウマ絵本として時々タイトルがあがるこの絵本、しかし不思議な魅力があるのは確かである。
おとなのほうが癖になる絵本かもしれない。
同作者の『ちがうねん』も、雰囲気がよく似ており、こちらもまた帽子を巡ってのブラックユーモアに満ちた絵本になっている。