水晶の中で思いを馳せるファンタジー。
あらすじ
私の仕事場はいろんなものにあふれており、捜し物をするのにも一苦労だ。そんな中、私は水晶の群晶を見つけだした。それを飾り、ついでにらくだのフィギュアも一緒に飾ると、水晶は山脈のように見えた。そのとたん、気がつくと私はらくだの背に乗って夜の砂漠にいたのだった。
鉱物をテーマにした不思議なショートストーリー集。
そして私は鉱石の夢を見る
鉱石の持つ美しさはそれぞれに違う。鉱石を好む人たちは、なおさら、その美しさに敏感だろう。
不思議な話を見た。
それはアクアマリンの透き通った青色から始まって、水晶の山々を複葉機で飛び交う夢の中の夢。
きらきらとした鉱石を覗けば、夢は現実になり、現実は夢になる。それはあたかも千里の旅に発つような、または千里の旅から帰還したかのような、曖昧模糊とした感覚だ。
淡々とつづられる短い寓話に思いを馳せる。
山師のホラルは言う。
俺たちが空想する世界って、普通は実際に存在しないと思われているが、本当はすぐそばにあるんだよ。小説家や画家などが描いた幻想世界も、無数にあるパラレル・ワールドを覗き見たものを表現したものが多い。鉱物はそんな世界への入り口を開いてくれる。占い師が水晶玉を覗いて未来を占うのは、パラレル・ワールドが見えるからだ。
もしそうだとしたら、それはなんて不思議で愉快なことだろう。鉱物の美しさが、俄然、神秘性を増してくる。水晶山脈をらくだに乗って旅すれば、どれだけ心洗われることか。
アクアマリンの中から、黒いアラビア風の民族服を着た少女と黒猫を見る。
空にぽっかり浮かんだ、スピネルを擁した巨大な方解石。
歯車の水晶が時を刻み、荒涼とした大地で美しい螢石になる可能性を見る。
『水晶山脈』につづられた短い話はすべて淡々としており、どこかつかみどころがなく、ふわふわとしていながらも心に光の気配を残していく夢のようだ。悪夢ではないが、不思議で神妙な心持ちになる。
鉱石に魅せられた人ならば、この不思議な旅もより深く意味深長に味わえることだろう。残念ながら、私には、ルビーとスピネルの違いもよくわからない。
でも、それでもいいのだ。
荒らされてしまった水晶谷に芽吹いた無数の小さな水晶を見て、私とホラルは話す。芽吹いた水晶は誰かが見た夢の結晶で、これはいずれタワーに成長する。まだ人間は捨てたものじゃないと。
そこにかすかな希望を見つけたら、私はまた不思議な鉱石の夢を見る。『水晶山脈』の話は、永遠に続くループの中にいるようだ。
鉱石をメインに展開するショートストーリー集
全体を通して、何ともいえない不思議な感覚が取り巻いている。鉱石に興味のある人ならばわかるのだろうが、特に詳しくない私が読むとよくわからない表現がある。それでも心をとらえてはなさないのは、この取り巻いている不思議な感覚が魅力として映るからだろう。
ショートストーリー集が終わると、巻末まではシンプルな用語解説に切り替わる。挿し絵は多数だが、イラスト的ではなく、おそらく写真加工と加筆によるもの。シンプルで絵画的な構図が多く、ルネ・マグリットを彷彿とさせるのは黒帽子の男性が頻出するからだろうか。
これはおとな向けのショートストーリー集だ。内容は夢の話かのように漠然としながら、ゆるやかにつながっている。示唆に富んでいる話もあれば、何とも不思議な余韻を残して終わる話もある。読み終わるのに二日とかからないだろう。文章量は少ないが、内容は深い。
まるで鉱石の輝きを放つかのような、幻想的な一冊だ。